映画『墨攻』レビュー ネタバレ篇 レビューというか、原作ファンが気になるツッコミどころにツッコミ。 ■農民が愛郷心に目覚めて立ち上がるような部分がことごとくカットされてい る。これが一番気になった。蔡丘覚醒もナシ。原作にあった「下からの革命」 的なテーマに対するニヒリズムがあるように見える。民主化運動が失敗に終わっ た中国のリアリティに基づくものなのか? ■王様の梁渓がやたらと狡猾なキャラになっている。革離はラストで梁渓に手 柄を横取りされてバッドエンド、というオリジナルストーリーの都合もあるの だろうが、革離がその分弱気なキャラにされてしまっていて、民衆の指導者と しての魅力も弱体化されている。 ■原作では根っからの戦争職人で暗殺者でもあった革離が、知恵者だが実戦経 験は乏しいという軟弱設定になっている。籠城戦の経験もないのだとか。孤独 なプロフェッショナルとしての魅力は削ぎ落とされ、そのかわり母性をくすぐ りそうな繊細さ弱々しさを持ったキャラに。逸悦投入の弊害か。 ■そして梁適も弱体化。革離とのライバル関係を通じて成長した梁適は、原作 梁城篇のラストで戦で荒廃した梁城の希望として描かれるのだが、ライバル関 係は薄くしか描かれず、しかも途中で死んでしまう。これもバッドエンド路線 の巻き添え。 ■革離と梁適が指揮権を争った城壁補修競争はカット。革離が梁適を出し抜い た王宮の壁を壊して城壁の材料にしてしまう奇策は、なんと革離が梁渓を説得 して許可をもらってやったことになっている。民衆あっての王家であるという 革離の思想を象徴していたエピソードはぶち壊しに。 ■革離 vs 梁適の競争がなくなったかわりに革離が選んだリーダー子団と梁適 が弓で勝負する。本当に単なる武術の勝負で目下の戦争における意味は全くな い。この勝負の教訓は、君主が何でも自分が仕切ろうとすると部下の隠れた才 能を発揮できませんよ、という程度のこと。 ■対穴攻戦で趙兵を虐殺したことに悩む革離。ありえない。袁羽を黒人(?)に したのは面白いアイデアだが、原作の強烈なキャラ付けと革離との縁という設 定はナシになっている。個人的にはひどく共感したキャラなので残念だが、映 画の尺を考えると仕方がないか。 ■趙軍の帰還は巷淹中の計略ということになっている。原作では武将としての 意地を賭けた戦いに兵士を巻き込まないためだった。映画では巷淹中に悲壮感 はまったくナシ。原作では革離も巷淹中も戦場でしか輝けない狂った魅力とそ れを自覚しているがゆえの哀愁がまた魅力なのだが、それが全く欠落している。 ■個人的に原作で一番好きな帰還する趙兵と梁民が出会うエピソードはカット。 趙兵は戦友を野晒しにせず葬った梁民に感謝し、梁民は帰還後も戦地に赴く趙 兵の身を案ずる、というもの。映画ではむしろ逆に、巷淹中が梁民は趙兵の死 体を城外に捨てたなどと非難して兵士を煽っている。なにそれ。 ■新キャラのヒロイン逸悦はえらく浮いている。特に映画前半では。後半では 軟弱化した革離とのラブストーリーで馴染んでくる。「兼愛」より「愛」、 「非攻」で愛する人は守れない、という監督の墨子批判のためのラブストーリー と思われるが、そのために批判対象を改変するのは我田引水が過ぎるのでは。 ■原作で梁城最大の危機を招いた趙軍の鳥人間コンテストはナシ。かわりにど こからともなく気球が飛んでくる。馬鹿馬鹿しくも緊張感溢れる鳥人間コンテ ストに比べると、なんの盛り上がりもない。梁城陥落もなんとなく押し潰され た感じで、手に汗握る攻防はなし。というか梁適は決戦前に死んでいるし。 ■逸悦を救えず失意のうちに梁城を去る革離。見知らぬ戦争孤児たちを連れて。 物悲しく美しいシーン。革離らしくはないのだが。原作後半を下敷きにした第 二作を予定していて、その伏線なのだろうか。伏線と言えば袁羽に趙に請われ れば趙を守るのかと問いつめられるシーンもあった。 以上